
企業価値担保権とは?
事業性融資の推進等に関する法律【令和8年5月25日施行予定】
日本の金融実務は、今年、転換点を迎えるかもしれません。これまで、優れた知財を持つスタートアップや、独自のノウハウを蓄積した地方企業が「不動産担保がない」、「個人保証ができない」という理由だけで、そのポテンシャルに見合う資金を得られなかった現実がありました。この課題を根本から是正し、国民経済の健全な発展を期して制定されたのが「事業性融資の推進等に関する法律(以下、本法)」です(法第1条)。
本法の核心は、不動産担保や個人保証に依存しすぎたこれまでの慣行を適正化し、事業の継続と発展を支える資金調達を円滑化することにあります。法第2条第1項では、この「事業性融資」を、不動産担保や個人保証(停止条件付契約等の適正な例外を除く)に依拠しない融資と定義しました。これは、単なる「保証の禁止」ではなく、事業そのものの価値を正当に評価する金融文化への「適正化」を意味しています。
では、この新時代の融資を支える「企業価値担保権」とはどのような仕組みなのかについて、説明していきます。
「企業価値担保権」の本質【会社全体を一体として捉える】
「企業価値担保権」は、特定の土地や建物のみを対象とする従来の抵当権とは一線を画す、極めて包括的かつ動的な権利です。

【担保対象の包括性と物権的効力】
法第7条に基づき、会社が保有する「総財産」が、将来取得するものを含めて一体として担保対象となります。特筆すべきは、法第7条第4項によりこれが「物権」と明記された点です。 さらに、本企業価値担保権者は、この法律の定めに従い、担保に入れた財産(総財産)について、他の債権者に先立って配当を受ける権利(優先弁済権)を持ちます
【信託スキームと社会的な公正性】
本制度は、高度な専門性と中立性を担保するため、信託の枠組みを活用します(法第6条・第8条)。
債務者(委託者)と免許を受けた「企業価値担保権信託会社(受託者)」が契約を締結し、金融機関(受益者)のために担保を管理・処分します。
ただし、企業価値担保権は強力な権利であるため、担保権実行時に、他の一般債権者等のために一定額をプールする「不特定被担保債権留保額」を差し引いて債権回収しなければならないとする、社会的な公正性を保つための制度も設けられます。

本制度を利用することにより、会社が成長し、保有資産が変化しても、その時々の「事業の価値」そのものが担保力を維持し続けます。これにより、追加融資のたびに煩雑な担保設定を繰り返すコストを削減し、攻めの経営を加速させることが可能になります。
「企業価値担保権」の禁止事項【個人保証・物上保証の制限】
本制度は、経営者の個人資産保護と円滑な事業承継を支援するため、制限規定を設けています。

- 個人保証 (法人でない個人を保証人とする契約の制限)
- 居住用不動産への担保(生活の本拠である自宅などへの担保設定の制限)
法第12条第2項により法人でない連帯債務者も同様に保護され、法第12条第3項に基づき、債務者から個人保証人への求償も制限されます。これにより、経営者個人の生活基盤を事業リスクから法的に切り離すことが可能となりました。
ただし、この保護は誠実な経営を前提としています。法第12条第4項に基づき、債務者が事業・財産状況の報告義務に違反し、「虚偽の報告」を行ったことが停止条件とされている場合などには、制限が解除され、保証権の行使が認められることになります。これは単なるミスではなく、信頼関係を根底から覆す行為に対する規律です。
企業価値担保権設定後の事業運営
法第20条第1項に基づき、通常の事業活動の範囲内であれば、企業価値担保権設定後も財産を自由に扱えます。
ただし、次のような重要な財産の処分については、企業価値担保権者の同意を得なければならなず、無断で行うことはできません。(法第20条第2項)
- 重要な財産の処分
- 事業の全部・重要一部の譲渡
- 不当な低額譲渡
法第20条第2項に違反する重要な処分を無断で行った場合、その行為は原則として無効です。ただし、法第20条第3項により、善意無過失の第三者には対抗できないため、経営者は取引の正当性を常に意識する必要があります
企業価値担保権の実行手続【廃業から「価値の承継」へ】

企業価値担保権の実行が開始されると、法第113条に基づき、経営権と財産管理権は裁判所が選任する管財人に「専属」します。この際、法第109条に基づき、裁判所は管財人選任にあたって申立人の意見を聴くこととされています。
法第157条は、換価の方法として「事業譲渡」を原則としています。特筆すべきは法第159条で、行政庁の反対がない限り、許認可に基づく権利義務も譲受人に承継できる点です。これにより、事業を止めることなく次なる担い手へ繋ぐことができ、雇用や取引先を守りつつ回収額を最大化できます。
認定事業性融資推進支援機関
この制度を使いこなすことができるようにするため、専門的な「認定機関」が設置されます(法第232条)。
【継続的な支援】
認定機関は、単なる計画策定支援に留まりません。法第232条第2項第3号に基づき、実施状況の「定期的な報告・指導」が義務付けられています。これは「監視」ではなく、自社の「健全性の証明」であり、追加融資を引き出すための戦略的なデータ蓄積となります。
【手続特例】
法第240条により、認定機関から適切な説明を受けることで、信託契約時の手続きが大幅に簡素化されるメリットもあります。
司法書士としての視点
企業価値担保権は、会社登記に新たに企業価値担保権区が設けられ、他の抵当権等の担保権との優先順位は登記の前後で決まりまることになります。
企業価値担保権は、単なる借金の担保ではなく、企業の稼ぐ力を正当に評価させるためのツールとなります。制度活用には、高度なガバナンスと正確な登記手続が不可欠です。
令和8年5月の施行に向け、定款変更やガバナンス体制の整備についてのご相談や、ご質問を随時受け付けておりますので、お気軽にお問い合わせください。

